官だとか民だとか

最近は二者択一にして単純化しちゃう議論が多いね。
小さな政府って言うけど非常事態のときは、どーすんの?
それこそ今の大雪なんかには、全く無防備にならざるを得ない。
そーすりゃ物流に影響が出て経済への影響も出てくる、と。

アメリカのカトリーナ被害のときも、取り沙汰されたじゃない?
過剰な民営化ってどーなのよ?と思う。

あえて言っちゃえば、民の方がコスト安になるっちゅーのも一般論なんだよ。
例えば官の方が利益追求しなくて良いわけだから、徹底的に膿を出し、効率化するようにすれば、極限までコストを落とせる可能性もあるんだな。
現状では官はコストが高いってのは確かだ。
でも、民より安いサービスを提供した場合は、今度は民業圧迫の問題も出てくる、と。
そこいら辺の匙加減を無視して「公」を企業に投げかけて大丈夫なのか?

それこそ建築偽装の問題や企業不祥事なんかを見ると、結局は新たな監視システムが必要になったりするわけよ。




じゃあ、官でも民でも同じことにならないか?

なーんか猪瀬直樹あたりは、そこいら辺の論考が粗雑な気がするね。
道路公団民営化をさも大事業のように自分で持ち上げているけど(苦笑)、コストがかかっているとか、ファミリー企業だとか、料金値下げだとかは、本来は官とか民とか関係ない話だ。単に公正な運営を追及させれば済んだわけよ。
むしろ官にあるまじき問題を抱えていた、というのがこの問題の本質だったのではないか?

大体、料金の値下げだってETC搭載が必要だったり、ETCの機械が壊れたりしたら、あまり意味無いし(苦笑)いや、ETCの開発している連中と癒着してるなら分かるんだけど(苦笑)

官が悪いというイメージだけでやっている気がするね。
それは裏を返せば、今の官に携わる人間の考え方を容認して、駄目だから民へ、ってことでしょ?容認しちゃいかんだろ!と。
むしろ、官をしっかり監視(国政調査権や情報公開法の活用)して、まともな官を作り出せばいいじゃないか。
それを面倒だから民へ、では公共サービスって何?

サービス向上だけなら、変な話、官と民を並立させて競争させてもいいんだ。
官から民へ、は耳障りの良い言葉だが以下の点は指摘しておきたい。

・天下りをどーする?(建築偽装でも出てきた問題だね)
・公共サービスの適正なレベルとは?
・形を変えた「公共事業」になっちまわないか?
・現在、不要不急でも必要になったとき(例えば、戦時・災害・過去からの調査・研究など)誰か担える者がいるのか?

この辺をクリアしつつ、いかに効率と公正、公共性を担保できるかが問われている。
それは官だとか民だとかは関係ない。双方ともに問われている問題なのだ。
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by m_kick | 2006-01-13 12:22


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